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1968年1月 当時27歳の谷川は、自身の事業を興す為、会社勤めを辞め様々な情報収集を行っていた。そこで谷川が目を付けたのが「情報」を作る「写植業」だった。写植(写真植字)とは、印刷物の元となる「版下」を作成する仕事である。
当時の情報は「紙」に印刷されて流通する事が主であり、版下を作るというニーズは今後ますます増えていくだろうという谷川は推測し、谷川写植を興した。 目論見通り写植市場は順調に成長し、その波に乗った谷川写植の船出は、順風満帆なものであった。※写真は株式会社 写研「万能写真植字機SK3-RY型」パンフレットより引用
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谷川は当時から「創意工夫・勤勉努力のないところに進歩はない。」と、成長せずに同じ環境に居続けることのリスクを社員に啓蒙しており、自身でもそれを体現していく。その一つが「電算写植の導入」である。
この当時、まだ手作業での版下作りが主流だった。それに先んじて電算写植環境を当時2億円以上かけて導入。圧倒的な作業スピード改善により生産効率が従来の数倍に増加。写植業界の中でも早期に電算化を進めていたため、新規の顧客を大量に獲得する事にも成功し、売上も飛躍的に増加。
競合が多い中でコスト勝負になる事態を回避し、事業を安定化させる事に成功した。※写真は株式会社 写研「SPICA」パンフレットより引用
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1982年 当時アメリカでは、Macintoshを利用してパソコン上で印刷データを作る「DTP」が勢力を伸ばしていた。
新聞記事でこれを知った谷川は、「日本でもDTPが主流になる!他社に先駆けてこれを導入するぞ!」と号令を掛け、全社的にDTP化を推進。
この当時DTPを主に業務を行っていた企業は数少なく、日本語対応など、数多くの困難を乗り越え、いち早くDTP化を完了させた。
この先行者利益は莫大で、当時情報発信の主であった週刊情報誌 ぴあをはじめ、リクルート社のAB-ROADやじゃらん等の「定期情報誌」の組版業務を一手に受注し、今後20年の安定した経営基盤を作り上げる。
当時多くの写植業者は、従来の仕事にこだわり、それを続けていた。しかし、その後10年で殆どの印刷物がDTP化され、写植専門業者の9割は廃業。
性急にも感じられた谷川の行動は、時代の大きな流れを見据えていたものであり、常に時代の先を見ながら自分自身を変革していくというプロットのフィロソフィーが、この時期から徐々に文化として根付き始めていた。
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早い段階でDTP化の波に乗ったことで、安定した経営基盤の構築に成功したプロットであったが、既にその視線の先は日本国内ではなく、情報産業の最先端であるアメリカにあった。
アメリカでのDTPの最新事情や、将来「情報発信」にどういった媒体が利用されるようになるのか。それを知るためには、自分自身の目で見て、感じなければ正確な判断はできないと、谷川は一人アメリカへ飛ぶ。時代の最先端のニューヨークで谷川が見たものは、洗練された都市と文化、そして新しい情報媒体の可能性だった。
「即実行」が口癖の谷川は、1995年8月にPLOTT U.S.Aを立ち上げ、まずは自分たちが今まで培ってきたDTPや雑誌編集のノウハウを利用して、ニューヨークの多面性や面白さを伝える雑誌の編集・デザイン事業に取り組んだ。
98年には「New York 便利帳」や「New Yorkレストラン50選」を出版。紙を軸に、ニューヨークの最新事情を発信する様々な活動を行っていた。そしてもう一つ並行して行っていたのが、新しい情報媒体である「インターネット」の調査であった。
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谷川は、今後情報を伝達する媒体として「インターネット」が活用される時代になるはず!と、99年に帰国するや否や、次の20年の布石としてインターネット事業部を発足させた。
当時DTP事業は、安定した収益を産み出す仕組みがうまく回っており、普通であれば慢心してしまう状況の中である。そこで事業部の立ち上げの中心となったのが、現在の代表取締役社長である津島であった。
当時はドットコムバブルのピーク期であり、インターネットの可能性・期待感に後押しされ、様々なベンチャー企業へ投資が行われていた。ホームページを作るだけでも莫大な費用を取る事ができたその時代に、新たに立ち上がったインターネット事業部の立てた方針は、それらベンチャー企業とは大きく異なるものだった。
「企業がインターネットをビジネスで活用する為に、必要なものを全てオールインワンで提供する」それがプロットインターネット事業部が立てた基本方針であった。
通常インターネットを活用する場合、「WEBサイト」「WEBシステム」「サーバー」の3つの要素が必要になる。これは住宅に例えると、WEBサイトが「家自体」にあたり、WEBシステムは家を便利に活用する為に必要となるガスや上下水道、電気の配線といった「インフラ」にあたる。そしてサーバーは家を建てる土台となる「土地」である。
インターネットを活用する為に、利用者である企業は「家」をWEBデザイン会社へ発注し、土地はレンタルサーバ会社に発注し、インフラの敷設にはシステム開発会社へ発注し、それぞれを自社でハンドリングしなければならず、非常に手間と時間とコストが無駄にかかっていた。
インターネットがまだ普及し始めたそのころ、それらを適切に手配できる担当者を持つ企業は稀であり、多くの中小企業はIT企業に言われるがままに高いコストを支払っていた。
そういった状況を打破し、企業がインターネットを活用しやすい環境を作るため、プロットは「土地」であるサーバのレンタル事業と、その上に立てる家及びインフラまでを全てお客様のニーズを吸い上げて構築する「受託制作・開発事業」を2本柱として、インターネット事業をスタートさせた。
はじめは知名度や実績もなく、新規事業であるため広告予算も割けず、新しい顧客を見つけることは困難を極めた。
しかし「オールインワンで顧客を支援する」というコンセプトは、過去にインターネットを活用しようとして上手くいかなかった企業中心に、そのメリットを理解いただけるようになり、2006年には1000以上のドメインをお預かりするまでに成長した。
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オールインワンで提案する受託制作・開発は、顧客側のメリットだけでなく、提案・開発する側にも魅力がある。お客様のニーズを一つ一つ吸い上げて、予算内でそれらをどうやって叶えるのか、営業と開発担当、ネットワーク担当で議論しあい、ベストな提案を考える。その案をコンペに出して、他社の提案と競争する。戦いに勝利して受注し、実際に作り上げていく。こういう面白みが、受託制作には確かにある。
しかし、同時にデメリットも存在している。「生産高(=売上)の波」である。人が物を実際に作り上げるから、一度に生産できる量には限界がある。受託制作というのは毎回同じ仕事が来るわけでは無いし、納品が完了した直後に仕事が入るわけでは無く、どうしても生産に波が出てしまう。
プロットはレンタルサーバーという「土地を貸す事業」も行っているため、他の受託制作・開発会社に比べれば安定した収益は出るが、それでも波はでてしまう。さらには売り上げを大きく伸ばそうと思うと、受託制作の場合、技術者が必要になる。高品質なモノづくりを行うためには、技術者の教育が重要だ。人を採用したら生産高がその分伸びるわけでは無い。
そこで今後会社自体を大きく飛躍させる為には、自社独自の製品が必要になるだろうと立ち上げたのが「自社製品を開発する事業部」である。案件ごとに技術者を割かなければいけない受託制作に比べ、独自のソフトウェアは一度開発してしまえば、後は販売するだけで済む。技術者は更なる品質向上の為に力を注ぐこともできる。
しかし、開発に膨大なコストを掛けても市場に認められ、売れなければ投資した人員・コストが全て無駄になってしまうリスクもある。だからこそ、どういった製品を・どの市場に投入するのか、ターゲティングとコンセプトが重要になる。プロット社内で、様々議論した末に産み出されたコンセプトが「SCT」だ。
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「SCT」とは「Secure Comunication Technology」の略称で、当社津島が産み出した造語であり、「企業間コミュニケーションを安全にする」という意味のコンセプトだ。
2003年のSmooth File(※当時別名称)リリース時は、まだITセキュリティというのは今ほど高く意識されてはおらず、今では当たり前のように浸透している「個人情報保護法」は、成立したばかりで、施行もされていない時代であった。
セキュリティが強く必要とされる時代が来る事を見据え、早い段階で「企業間のコミュニケーションを安全にする」というコンセプトに準じた製品開発を行ったのは、創業者である谷川の時代から脈々と受け継がれ、文化として根付いている「チャレンジ・開拓者の精神」が土台となっている。
このコンセプトの元で開発された独自製品の第1号である「Smooth File」は、「SCT」のコンセプトと、「印刷データのような大容量のデータを、離れた場所へでも高速に送受信できるようにしたい!」という創業初期からの谷川の夢を具現化したものである。企業間のファイルのやり取り(コミュニケーション)を安全にすることを目指し、ただデータを送るだけでなく、安全に、その企業のセキュリティポリシーに準拠して送付できるよう、様々なセキュリティ機能が実装されている。
ただ単に利便性を高めるだけでなく、企業の求める安全性をプラスする事で、企業が採用しやすい製品とした事。これがセキュリティ対策に少しずつ取り組み始めた市場に徐々に受け入れられ、導入数を伸ばしていった。
いまでは「Smooth File」はプロットの主力製品に成長し、官公庁・自治体や、大手建設業をはじめ、約1,000社以上の法人への納入実績を誇っている。また2017年7月から始まったマイナンバーの本格稼働に合わせ、全国の自治体がセキュリティ強化を行うためのツールとして採用されており、トップクラスのシェアを獲得するなど、その勢いは止まらない。
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プロットはSmooth File以外にも、メール監査用のアーカイブ製品「Mail Gazer」や、メール誤送信防止システム「Temp Box」など様々なSCT製品を産み出している(Mail Gazer・Temp Boxは後にMail Defenderへブランド統合)。さらに、多くの漏えい事件が話題となっている「標的型攻撃」の模擬訓練を行うためのサービスである「CYAS」を2016年5月にリリースし、ASPIC クラウド・IoTアワード 支援業務系グランプリを2016年と2019年に受賞するなど、セキュリティベンダーとして市場から高い評価を受けるまでに成長した。
しかし50年前の創業から「新しい道を切り開くチャレンジ精神」が文化として根付いているプロットは、同じ場所に居続け、安定だけを追い求める事はない。「海外展開」そして新しいコミュニケーションの形である「VR・IoT」そして「人工知能」までを視野に、2024年には挑み続けるスタンスを宿したCYLLENGEへと社名変更、チャレンジはこれからも終わらない。